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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4273号 判決 1976年7月16日

原告 斎藤江平

右訴訟代理人弁護士 橋本純人

被告 阿部勝之進

右訴訟代理人弁護士 大滝一雄

主文

一  被告は原告に対し金五九二万七八九二円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し金五三七万三一八円及び昭和五〇年一二月一日から訴外富動商事株式会社が原告に対し別紙目録記載の建物部分の明渡をするまで一か月金二七万八七八七円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年七月一一日、訴外富動商事株式会社に対し、別紙目録記載の建物部分(以下、本件建物部分という。)を、期間三年、賃料月額二四万四五五〇円、毎月末日限り翌月分前払いとの約定の下に賃貸し、被告は同日右契約から生ずる訴外会社の債務を連帯保証した。

2  右賃貸借契約においては共益費月額三万四二三七円を毎月末日限り支払うことも合意されたが、共益費は昭和四九年八月分から合意により月額三万六六八三円に増額された。

3  訴外会社は昭和五〇年三月一七日現在同四九年四月分から同五〇年三月分までの賃料二九三万四六〇〇円、同四九年一〇月分から同五〇年二月分までの共益費一八万三四一五円の支払を遅滞し、また毎月精算して負担すべき電気料及び水道料についても同四九年一〇月分から同五〇年二月分までの一〇万三五六〇円を支払わなかった。

4  そこで原告は同五〇年三月一八日に訴外会社に到達した書面で訴外会社に対し前項の金員合計三二二万一五七五円を同月二八日までに支払うよう催告するとともに、訴外会社が期限までに支払わないことを条件として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが、訴外会社は期限を徒過した。

5  原告は訴外会社を被告として本件建物部分の明渡等を求める本件訴を提起し、その結果、昭和五〇年一〇月一日、訴外会社との間で、訴外会社は同年一一月三〇日限り本件建物部分を明渡すこと及びもしその履行を遅滞したときは遅滞後明渡済みに至るまで賃料及び共益費に相当するものとして一日二万円の割合による損害金を支払うことを骨子とする裁判上の和解が成立したが、訴外会社はその履行をしない。

6  かくして訴外会社は原告に対し次の如き債務を負担している。

(一) 昭和四九年四月分から同五〇年一一月分まで一か月二四万四五五〇円の割合による延滞賃料及び賃料相当損害金合計四八九万一〇〇〇円

(二) 同四九年一〇月分から同五〇年一一月分まで一か月三万六六八三円の割合による共益費及び共益費相当損害金合計五一万三五六二円

(三) 前記第6項の合意に基づく同五〇年一二月一日から訴外会社の本件建物部分明渡済みに至るまで一日二万円の割合による賃料及び共益費相当損害金

7  そこで、訴外会社の連帯保証人たる被告に対し、前項の金員のうち左記各金員の支払を求める。

(一) 前項(一)の四八九万一〇〇〇円

(二) 前項(二)のうち増額前の一か月三万四二三七円の割合による四七万九三一八円

(三) 前項(三)のうち同五〇年一二月一日から訴外会社の本件建物部分明渡済みに至るまで一か月二七万八七八七円(賃料二四万四五五〇円と増額前の共益費三万四二三七円との和)の割合による金員

二  被告の答弁

請求原因1項の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

三  被告の抗弁

1  原告の本訴請求は次の理由により信義則に反する。

訴外会社は過去にも六か月に亘る賃料滞納の事実があったところ、業績悪化により昭和四九年四月から再び本件賃料滞納に至ったもので、訴外会社が営業としていた不動産業は経済界の動向からして好転を望めず滞納賃料が累積の一途を辿る蓋然性は明白であったから、原告としては原告主張の解除の効力発生後は明渡断行の仮処分などの方法により速やかに明渡を強行すべきであった。しかるに、原告は、訴外会社の賃料滞納の事実を連帯保証人たる被告に通知しなかったばかりか、訴外会社に対する建物明渡請求訴訟において漫然と裁判上の和解をして賃料相当損害金の延滞額を一層増加させ、あまつさえ、裁判上の和解における昭和五〇年一一月三〇日の明渡期限が到来しかつその執行が容易であるのに、執行のための弁護士費用や明渡執行自体に要する費用の調達が困難であるという口実を設けて、明渡執行を故意に怠っている。

原告所有の本件建物の二階の一室は入居者が得られず長期間空室のままとなっており、経済界の不況回復がはかばかしくない折柄今後も賃貸借契約成立の見込は乏しい。

原告が訴外会社に対する明渡執行を故意に遷延しているのは、本件建物部分の明渡を得ても右二階の一室と同じ結果をもたらすに過ぎないことをおそれ、たまたま訴外会社については連帯保証人たる被告が存在するのを奇貨として、被告に賃料相当損害金の保証債務の履行を求める方が得策であると判断しての結果である。

本件賃貸借契約において訴外会社は原告に保証金四八九万一〇〇〇円を差入れているが、善良な賃貸人たるものは、賃借人の延滞賃料が差入保証金の額を超えることのないよう注意するのが当然であり、本件の如き期間及び金額に制限のない賃借人の連帯保証人の責任は賃料滞納以外の、契約当時予測し得ない賃借人の過失に基づく債務不履行による損害のみを担保するものと解すべきである。

このような事情のもとにおいて、原告が被告に訴外会社の連帯保証人としての責任を追求することは信義誠実の原則に反するものとして許されない。

2  仮に右の主張の理由がないとしても、賃借人の連帯保証人の責任は、賃貸借契約解除の効力発生時までに生じた賃借人の債務についてしか及ばないと解すべきであるから、本訴請求中その限度を超える部分は失当である。

3  被告は期間及び金額の限度を定めずに連帯保証したものであるが、訴外会社は前記1項のとおり業績が悪化し長期間賃料を滞納する状態に陥った。

かかる場合、連帯保証人は告知により自己の責任増大を免れるものというべく、被告は昭和五〇年八月一三日の本件第一回口頭弁論期日において原告に対し請求棄却の判決を求める旨の申立をすることにより、本件連帯保証契約の告知の意思表示をしたから、被告の責任の範囲は同日までに訴外会社が負担した債務の限度に限られる。

4  訴外会社は本件賃貸借契約に関して原告に四八九万一〇〇〇円の保証金を差入れているが、右保証金返還請求権は原告訴外会社間の契約終了により履行期が到来したものである。

しかして被告は訴外会社の連帯保証人たる地位に基づき、昭和五一年四月七日の本件第四回口頭弁論期日に原告訴訟代理人に対し訴外会社の右保証金返還請求権をもって訴外会社に対する原告主張の債権と対等額で相殺する旨の意思表示をした。

四  被告の抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1項の主張は争う。原告が訴外会社との間で昭和五〇年一一月三〇日を明渡期限とする裁判上の和解をしたことは認めるが、これは早期に明渡を得るためにしたものであり、その期限到来後明渡執行に着手しないのは人夫賃等多額の執行費用を要するためビル建設資金の返済に追われる原告としてその費用を調達できないでいるためにすぎない。むしろ連帯保証人たる被告において訴外会社の移転先を用意して任意明渡をさせるとか、保証債務を弁済して原告に執行費用を供するなどして、保証債務の増加を防止すべきである。

2  同2項の主張も争う。

3  同3項の主張も争う。被告が告知をしたことは否認する。

4  同4項については、訴外会社が原告に四八九万一〇〇〇円の保証金を差入れていることは認めるが、保証金返還義務は明渡完了後において約定償却費四八万九一〇〇円のほか遅滞賃料・損害金その他一切の債務を差引いた残額について生ずるにすぎないから、履行期未到来であり、理由がない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば請求原因2項ないし4項の事実を、また≪証拠省略≫によれば請求原因5項の事実をそれぞれ認めることができ、反証はない。

しかしてこれらの事実によれば原告が訴外会社に対し請求原因6項の各債権を有するに至ったものということができる。

二  被告は、賃借人の保証人は契約当時予測し得ない賃借人の債務不履行による損害のみを担保するもので延滞賃料については責任を負わないと主張し、仮にそうでないとしても保証人は賃貸借契約解除後に生ずる賃借人の債務については責任を負わないと主張する。

しかし一般に不動産賃貸借契約における賃借人の保証人は、特段の定めがない限り、その賃貸借契約から生ずる賃借人の一切の債務を担保するものであって、延滞賃料については勿論のこと、契約解除後の賃借物返還義務の履行遅滞による損害賠償義務についても保証責任を負うものであるところ、≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約成立の際作成された契約書には、賃借人の保証人が負う保証債務の範囲については特段の定めはなく、被告はかかる契約書に署名押印して連帯保証していることが認められるから、本件における被告の責任は前記の原則に従い訴外会社の延滞賃料や契約解除後の賃料相当損害金に及ぶものであって、被告の前記主張は採用するに由がない。

三  次に抗弁3の特別解約権行使の主張について判断する。

賃貸借契約において賃借人に金額及び期間の定めのない保証人が付されている場合、賃借人が著しく賃料債務の履行を怠り、かつ保証の当時予見できなかった資産状態の悪化があって将来保証人の責任が著しく増大することが予想されるときは、保証人は将来に向かって該保証契約を解除することができるものと解すべきである。

ところで前記一で認定した事実によれば、本件における賃借人訴外会社は原告がなした昭和五〇年三月一八日の条件付契約解除の意思表示の時点では一年分の延滞賃料と五か月分の共益費、電気料、水道料等の合計三二二万一五七五円の支払を遅滞していたもので、右延滞額は被告が本訴において保証人としての特別解約権を行使したと主張する昭和五〇年八月一三日の本件第一回口頭弁論期日の時点ではその後五か月分の賃料及び共益費相当損害金増加額一四〇万六一六五円などを加えて合計四六二万七七四〇円以上に達していたものであって、延滞額は相当に多額ではあるが、≪証拠省略≫によれば訴外会社は原告に対し賃借保証金四八九万一〇〇〇円を預託しており、賃貸借終了の際にはそのうちから償却費としてその一割に当る四八万九一〇〇円を差引いた四四〇万一九〇〇円が返還される約定であることが認められるので、前記昭和五〇年八月一三日の時点では保証人の責任の実額はたかだか一か月分の賃料程度にすぎなかったものであり、右の如き実情のもとでは未だ保証契約を解除することは許されないものというべきである。

したがって被告の抗弁3の主張は昭和五〇年八月一三日の時点で解除権を有したとするその前提において採用することができないから理由がないものといわなければならない。

四  そこで抗弁1について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告は前記の如く昭和五〇年三月一八日に訴外会社に対し停止条件付契約解除の意思表示をしたのち、同年五月二二日当裁判所に対し訴外会社及び被告を相手とする建物明渡請求の本件訴訟を提起したこと、右事件において訴外会社は同年一〇月一日原告との間で請求原因五項のとおり同年一一月三〇日を期限とする明渡の和解をしたこと、右和解において原告と訴外会社は、昭和四九年四月一日から同五〇年一一月三〇日までの延滞賃料及び賃料相当損害金四八九万一〇〇〇円、同一期間の延滞共益費及び共益費相当損害金五一万三五六二円、その他昭和五〇年一一月三〇日までの電話料立替金、電気料、水道料など合計四二万九八三円以上総合計五八二万五五四五円の賃借人の債務と原告の保証金四四〇万一九〇〇円の返還義務をそれぞれ確認し、訴外会社は一〇〇万円を昭和五〇年一一月三〇日までに二回に分割して支払い、その余は訴外会社が明渡期限を遵守した場合に保証金返還請求権と対当額で当然相殺となり、残債務は免除となる旨を合意したこと、しかし訴外会社は明渡期限を徒過して未だに明渡を了せず、原告も明渡の強制執行に一〇〇万円ないし一五〇万円の執行費用が必要でありその調達ができないとして右和解調書による明渡の執行に着手していないことがそれぞれ認められ、反証はない。

ところで、被告は、原告が賃料延滞の事実を被告に通知しなかったばかりか、断行の仮処分により速やかに本件建物部分の明渡を得て延滞賃料の増大を防止することをせず、漫然と裁判上の和解をして損害金延滞額を一層増加させたとしてその不当を責めるが、前叙の事実関係に徴すると、被告が賃料延滞の事実の通知を受けなかったとしても、賃貸借契約解除の時点では勿論、本件訴訟提起の時点においても、保証金を考慮に入れるならば実質的に保証人の負担となる延滞賃料及び共益費は存在しなかったのであるから、それによって被告が特段の不利益を被ったわけではないし、原告が裁判上の和解によって明渡を得ようとしたことも、前記のとおりそれが期限に実行されるなら保証人たる被告に何の実質的負担をも生ぜずに済んだものであることからいって、被告主張の点に関しては原告に賃貸人としてなんら責められるべき点はなかったものというのが相当である。

しかしながら、≪証拠省略≫によれば、本件建物は交通上不便な場所に位置し、賃借単位である一室の広さが五〇坪弱もあって、借り手が得難いこと、本件建物中二階の一室はここ一年来空室のままで賃借人が得られないことが認められるので、原告が昭和五〇年一一月三〇日の明渡期限到来後も前記和解調書による明渡執行に着手しないでいるのは本件建物部分を空室とするよりも訴外会社に使用を継続させ、訴外会社又は被告から賃料相当損害金の支払を受ける方が得策であるとの判断に基づくものと推認でき、原告本人尋問の結果中明渡の執行費用として一〇〇万円ないし一五〇万円を要するためその調達ができず明渡執行に着手できない旨の部分は、同じ原告本人尋問の結果によって認められる訴外会社は本件建物部分を事務所として使用しており室内には事務用品が置かれているにすぎない事実に照らしてたやすく信用できない。

そして本件におけるようなビルの一室の明渡は通常明渡期限到来後二か月以内には執行を完了できるものとみられ、本件において明渡執行完了までに特別長期間を必要とする格段の事情の存在はうかがわれないから、昭和五一年二月一日以降の本件建物部分明渡遅延は原告の特段の理由に基づかない権利不行使によるものであり、これにより増大した損害を保証人に負担させることは信義誠実の原則に著しく反するものといわなければならず、原告の本訴請求中昭和五一年二月一日以降の賃料及び共益費相当損害金の支払を求める部分は権利の濫用として許されないものというべきである。

それ故被告の抗弁1は右の限度において理由がある。

五  被告は保証金返還請求権による相殺の抗弁を主張するが、≪証拠省略≫によれば、本件保証金は賃料その他の賃借人の債務を担保し、契約終了に伴い建物明渡ののち賃借人に返還されるものであることが認められるから、敷金の性質を有するものというべく、本件建物部分の明渡が未了である現在においては履行期が到来していないことが明らかである。

よって被告の右抗弁は理由がない。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、請求原因7項(一)の四八九万一〇〇〇円、同(二)の四七万九三一八円並びに同(三)のうち昭和五〇年一二月一日から同五一年一月三一日まで一か月二七万八七八七円の割合による賃料及び共益費相当損害金五五万七五七四円以上総合計五九二万七八九二円の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言はその必要を認めないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

<以下省略>

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